『物語る私たち』/刹那の不在

2014年9月8日

物語る私たち

 

★★(2/5)

 

僕は「一回性」のシーンが好きで、どんな物語においても、それがたとえアクション映画であったとしても、その登場人物が二度と出会わないような場面に出くわした時などに、ああ良い映画に出会えたなと思う。街を歩いていて突然のアンケートをお願いされて適当に答えるも、もう二度と会う事がないであろうその質問者に対してさえも、その一回性というフィルターを通して見れば、愛おしささえ感じてしまう(個人的な体験)。

 

たとえ意図的に作られたものであったとしても「ある刹那に向って、とまれ、お前はあまりにも美しい」と思える瞬間がそこにはあるか? ドキュメンタリー映画としての出発点(醍醐味)はまずそこから始まる。

 

 

以下、ネタバレあり

ただこの映画、ネタバレを知っても知らなくても評価や感動は、さほど変わらないのではないだろうか…。

 

この映画のタイトル通りに、予告を観てまず予想されること、それは物語や自伝形式そのものをテーマにしたメタ映画であるということ。少なくとも日本で上映される限り、サラ・ポーリーの家族の話など余程のマニアでない限り興味が無いであろうから、うん、きっとテクニカルな編集(結果はRashomon effectだった)を使って魅力のある家族の物語を演出しているんだなと期待は高まる。

 

しかし実際には、この映画のほとんどが、サラ・ポーリーの父親・兄・姉、父母の友人といった人達によるきっちりと身構えたインタビューのみで構成されていて、物語自体にはたいして(いや、ほとんど)興味が湧かなかった。

 

この映画のナレーションを務めるサラの父親だと思っていたマイケルが、実は「生物学的な」父親ではないことが分かったり(だからこそナレーション役としてセッティングされたのだろう)、途中に挿入される母親の映像が、一部虚構のものであったりと、激しく起承転結を求められるようなエンターテインメントの世界では特に驚きもしないであろうことが展開される(求めてもいないけど…)。だからこの映画に関しては、ネタバレしていない感想や批評など何も言っていないに等しい(強気な発言)。

 

改めてこの映画を(悪意に満ちた主観で)短くまとめてみよう。

 

■回想を巡って、自分の出生の秘密を探る感動ドキュメンタリー(客引き宣伝文句)

■複数人による証言を巡る事実描写(映画オタク向け)

■サラの父親は実は違った/ドキュメンタリーとしての虚構映像(お約束)

 

上記全ての視点を、この『物語る私たち』から取り除いてみよう。それでも多くの人がこの映画を評価している理由は、それでも残るもの、それはサラによる家族達への思いがそこにあるからだろう。ただ僕にとっては、愛そのものはやはり美しいという認識だけが残り、そこに始まりは感じられなかった。END

 

「ある刹那に向って、とまれ、お前はあまりにも美しい」 『ファウスト』からの引用。小説の内容と本ブログとの関係は特に無い。

ファウスト〈1〉 (新潮文庫)

 

まさに、物語としての刹那的映画『スタンド・バイ・ミー』。
野宿をして皆が寝ている時に、少年がただひとり鹿を見つめるシーンは最高だ。

 

内容においても、その手法においても刹那的。
DVD化もされていない(2014/9/8時点)…
ドキュメンタリー映画『隣る人

 

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