『フランシス・ハ』/出来るだけフラットな感情によるレビュー

2014年9月17日

フランシス・ハ

 

★★(2/5)

 

モダンダンサーになるべく奮闘するのでもなく、夢を諦めることの悲しさを共有するのでもなく…。ウディ・アレンの『マンハッタン』を彷彿させるらしいということで、さっぱりとした人間関係をモチーフとした会話劇を期待していた僕は、これ以上主人公であるフランシスに何を求めたら良いのであろう?

 

 

フランシスは、大人に成り切れない人物というよりも、むしろあのような存在(予告編から期待される通りの性格!)そのものとしての心で満ち足りている。だからこの作品は、27歳に向けての将来像、もしくは青春といった記憶を思い巡らすためにあるのではなく、圧倒的な前向きさを感じるためのカウンセリング映画と言っても良いであろう。まるで目的の存在しない夢(うまい具合に白黒)のような話ではあるけれど、むしろプロットがあまり存在しないという点においては、他のどんな作品よりも現実的な話ではある。

 

軽さや唐突さが、フランシスの性格を表現していることは間違いないが、実際に彼女は泣いたり深く悩んだりするような素振りを決して見せない(ヘソは見せる)。ある人生の局面に対して、自分はそれを必ず乗り越えてみせるというよりも、問題を全てにおいてフラットなものとして眺めること。それが人生を駆け抜けるべく方法論としての彼女の志向性なのだと気付いた時に、ああ「モダン・ラブ」が流れるシーンはやっぱり印象的であったなと思う。

 

友人と食事をして奢ろうとするも、店内でクレジットカードが使えない。お金を下ろしに一旦店を出るフランシス。手数料3ドルがかかるというまさにあの瞬間のアンニュイな感じのフランシスの顔は素晴らしい。全てのシーンにおいて、これ以上の起伏は存在しない(褒めている)。うん、このどうでもいい設定に観客がのめり込んでしまう程(とても褒めている)、フランシスの志向はフラットなのだ。道ばたで出会った元彼に対しても、パリ旅行での時差ボケシーンにおいてもしかり。彼女にとって人生の選択とは、脱ぎ散らかした洋服を片付けてコインランドリーへと出掛けるようなものだ。

 

目的を持たない映画(つまり小難しい映画)を楽しむのには多少の教養と努力が必要だが、目的を持つことに重きを置かないフラットな物語(フランシス・ハとしての映画)としての手法は、人生に必要以上の意味を求めてしまうような人にこそ役立つはずだ。同じくもしあなたが「27歳の感じ」を確かめてみたいのならば、のちにコンサートからは一切身を引く事になる孤高なピアニスト/グレン・グールドの姿を観てみることもおすすめだ。けれども、やっぱりデタッチメントな会話から人生の喜怒哀楽を引き出してみせるというのなら、フランシスのセリフの方が、実は実践的でかつ思想的ではないかしらとつくづく感じていたりして…。そういう映画。 END

 

ウディ・アレンの『マンハッタン』

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