『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』/過去という記憶の本質

2014年9月21日

ガーディアンズ

 

 ★★★★(4/5)

 

負け犬達ががんばる話というと『リトル・ミス・サンシャイン』がこびり付いている僕にとっては、あれ以上の「勝ち方」はあるんですかと…。いや正確にはおじいさんが投げかけた言葉「負け犬って言うのはな、負けるのが怖くて何にもやらないヤツのことなんだ」という通りに、そもそも負け犬的な奴らなんてこの『ガーディアンズ…』にも全く登場してこないんですけどね。

 

『リトル・ミス・サンシャイン』の名物シーン、孫とおじいさん。

リトル・ミス・サンシャイン

 

少しダメな奴らが戦う物語がいいのか、それとも、真のヒーローが真の敵に対して苦悩する姿がいいのか? 勧善懲悪それ自体を問うていくヒーローの姿に、若干の食傷気味を感じていた映画ファンにとっては、久しぶりの快作ということではないだろうか。

 

 

 

『スーパー!』のように真の負け組ムービー(?)のコミカルさと比べたら、『ギャラクシー…』の登場人物達は目の前の苦難に対する言動も実に率直的で、本当はまともでいい奴らじゃないかときっと誰もが思うのだろうけど、その真面目さを逆手にとってうま〜くキャラクターの滑稽さをアピールしている手法に関しては、ただただ脱帽していたりする自分がいる(予定調和な感想)。

 

『スーパー!』同じくジェームズ・ガン監督作品。
エレン・ペイジ見たさに、この作品に手をつけるのは非常に危険だ。

 

3Dで観てこその、つまりは2Dではまるで意味の無いようなシーンが多少は気になったものの、でかい宇宙船とぶつかり合っていく小型宇宙船のシーンや、何度も出てくる小道具(尖ってる)が実はものすご〜く地味に最強だと知らされた時のシーンなどは意外と新鮮で、他のマーベル作品と同様に、飽きさせないよという細部へのこだわりが随所からジンジンと伝わってくる。またギャグというものは本来その場しのぎで終わる産物であるはずが、あの「義足を含むくだり」なんかは、のちの団結ぶりを知る上で逆にほっこりとしてしまうような、マーベル史上最上のブラックユーモアではないかしら…。ということでこの映画に関しては、純粋な理性による楽しさを僕は十分に堪能することができたわけだ。

 

さて音楽が紛れもなく議論の的となるこの映画。主人公による過去の思い出(カセットテープ)がちょっとした(いやかなり大きい)キーになっているというのは、なるほど、確かに良かった。過去の時代に流行った音楽をうまく「いま」にかぶせてくるといえば、同じく今年上映された『X-MEN:フューチャー&パスト』の名物シーンを思い出すだすだろう。例えその古き良き時代のリアルな感性を共有できないとしても、内面の嗜好を楽しむという行為を垣間見せてくれる人物を見るのは、根本的に楽しいものだ。

 

『X-MEN:フューチャー&パスト』名物シーン

 

登場人物がヘッドフォンで音楽を聴いているシーンというのは間違いなく名シーンになるわけで、もちろん音楽そのものが素晴らしいというのもあるんたけど、『ギャラクシー…』に限って言えば、例えば冒頭での廃墟を歩くシーンなどは、それでも僕たち(私たち)は「(時代の)先に突き進んでいくんです」感が楽しさを伴ってひしひしと感じられる。たんに音楽が流れているというのではなく、内面を含めてより自己意識が未来へと向けられるその前向きさ…。その前向きさというのは特に終盤から、ハンパなく伝わってくるのだ。

 

9歳の時にさらわれた主人公ピーター・クイルの心の土台というのは、実は(やっぱり)過去の出来事と密接に関係しているんだなというのは容易に想像できるんだけど、ちょっとしたコトが実は人によっては、ものすごく力になるんだよということをものすごく丁寧に見せてくれる作品としては素直に納得。他の登場人物達も何かしらのトラウマを抱えていることは確かで、詳しい経歴はほとんど描かれてはいないけれど、音楽としての「過去」をうまく「いま」とオーバーラップさせて生きていくあのピーターの姿には、やっぱり感動してしまう何かがある。ピーターは記憶という過去(自己)を楽しめる人間なのだ。 END

 

 

   

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