『悪童日記』/閉鎖系映画の死角

2014年10月15日

悪童日記

 

★★+(2.5/5)

 

予告を観た当初から「陰湿さ」を全面に押し出した雰囲気が独特で、映画ファンとしてこれは観ておくべき一本ではないかと感じた。予想以上の出来だった。ただしホラー映画として。祖母(魔女と呼ばれている)がブツブツと独り言をしゃべり続け、画面の奥からスタスタと母親と別れた双子の兄弟が近づいてくるシーンがある。そこで流れる音(音楽)などはまさにホラーで、まるで『砂の女』の武満徹スタイルのようだった。その内容も同様に、双子が「狭い空間内」で生きていく物語だ。

 

 

 

映画『砂の女』で使われる武満徹の音楽。

 

映画のキーワードとなるノート(日記)だが、物語で起きる出来事には直接関与してこない。むしろノートによるアニメーション描写などにより、少年達の暮らす狭い空間が、より寓話的な世界として強まっていく。その点においても過酷な戦争(ホロコースト)という背景よりも、むしろホラーとしての要素が高まっていると感じた。

 

この狭い空間において、少年達の成長する要素はもっぱら「忍耐力」である。なんだか、昔のアニメやドラマ(『昆虫物語 みなしごハッチ』『おしん』)の一シーンだけを観ているようだった。境界無き双子達の世界において思想が喚起されることは難しい。

 

少年達の世界とは対比的に、『レッド・ファミリー』のような二つの家族をユーモアで分け隔てた境界線(38度線の隠喩)、『トンネル』のような圧倒的な壁(ベルリンの壁)、そして『ソハの地下水道』(地下に隠れたユダヤ人の実話)で描かれている外部と分け隔てられた暗闇空間。思惟は「境界」にまたがった時にこそ必然的に描かれるはずだ。

 

 

無論、ヒューマンドラマを抜きにした「陰湿な」世界観を徹底的に楽しむのならこの上ない作品だ。「悪」に対する復讐を「悪」で仕返すそのリアルさは十分に伝わってくる。少年達による「悪」の行為。それらは彼らにとって小さな正義であったという、倫理感を揺さぶられる展開も多少はみられるが、例えば『マグダレンの祈り』で描かれたような狭い空間の中での道徳観、それを現世に違和感として突きつけるような力はこの双子達の物語には見当たらない。何も道徳映画を期待したわけではないが、境界がずっと遠くにあるような物語はたんに陰湿なだけである。外部を目指すという点においては『悪童日記』にも希望はある。ただ、僕にとっては遅すぎた。 END

 

『マグダレンの祈り』

 

『マグダレンの祈り』の荻上チキの簡単批評

 

小説は面白そうだ。どうせなら三部作を一気に3時間ぐらいで凝縮した映画が観たかったかも。

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