『天才スピヴェット』/合理的な人生は窮屈だ

2014年11月21日

天才スピヴェット

 

★★+(2.5/5)

 

天才的な洞察力を持ち、科学者である(あろうとする)T.S.スピヴェット少年は、弟を亡くしたある出来事がキッカケで心に傷を負っている。ロードムービーにもいろいろあるが、トラウマ認知・回復のためにはどんな試練や希望が待ち受けているのだろう。

 

 

 

以下、筋が分からない程度にほどよくネタバレをしている。

『アメリ』(2001年)以降、ジュネ監督の作品が大好きで、彼の作品を心待ちしている人にとっては読まないほうが得策だ。

 

 

 

少年は街の風景を見てこんなことを考える。不合理な人間が、合理的なビルを建築するということは不思議だ。これは逆説的にこの少年自身にも当てはまる。物事を極端なくらいに合理的に捉えようとしている彼が、どうしてそこまでトラウマに引きずられるのか? トラウマとは人間の不合理な一面でもある。もちろんとても悲しい出来事によってそうなった。彼の合理的であろうとする意志は、不合理な人間性と常に対立しているのだ

 

合理的な建物を仰ぐT.S.少年

街の風景

 

不合理なシーンは愛を生む

 

旅の道中でのこと。どうして彼は突然ロシア語をしゃべりだすのか(素性を隠したかったのは分かる)。列車の上でどうしてコチラ(観客)を向いて、武道のそぶりを見せるのか(気分が高揚したんだろうけど…)。あの、あばら骨の痛みには物語上の意味はあったのか()。このような不可思議な現象は様々な場面で感じられるだろう。後でインタビュー記事を読んでみると、彼(T.S.少年ではなく、主演のカイル・キャットレット君の方)は6か国語を話すことができ、マーシャルアーツ(武道)で7歳以下部門の世界チャンピオンに3年連続で輝いたことがあるらしい。ストーリーから飛び出してきたのは、3Dの絵だけではないようだ。

 

えっ、そこの痛みもシーンをまたがって案外長く引きずるのね。

あばら骨

 

原作となった本は、多くの挿絵が自由奔放な感覚で注釈として配置され、少々実験的なレイアウトとなっている。このような感覚を、映像で表現して見せたのが本作だ。僕は映画を観た後でこの本を見た時に、ストーリー自体に合理的な判断を求め過ぎてはいけないと感じた。つまり、合理さを基準にして事象を判断してはいけないのだ。物語の背景には、物語を超えて多大な感情による作者や監督、出演者の思いがある。そしてそのような物事に対する見方は、実はT.S.少年の気持ちを解放させていくようなテーマとも重なるのだ。

 

『T・S・スピヴェット君 傑作集』 挿絵がユニークで素敵な本だ。

T・S・スピヴェット君傑作集

 

「合理的であれ」と考えるほどに、その姿勢を貫くのは窮屈だ。合理的だと思っていたことが、もしも不合理な土台によって支えられているとしたら…。T.S.少年が目指すその旅先の向こうには、まさにそのような不合理な愛で満ち溢れていた。(でもやっぱりあのあばらがね…気になる。) END

 

 

 

 

常に合理的な判断をする存在として捉えられていた人間像は、経済学においてどのように変化をしていったのか?

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