『イロイロ ぬくもりの記憶』/救いの美学

2014年12月24日

イロイロ

 

★★★★(4/5)

 

1997年のシンガポール。共働きで多忙な両親をもつ一人っ子のジャールーは、わがままな振る舞いが多く、小学校でも問題ばかり起こして周囲の人々を困らせていた。手を焼いた母親の決断で、フィリピン人メイドのテレサが住み込みで家にやって来る。突然の部外者に、なかなか心を開かないジャールーだったが、仕送り先にいる息子への想いを抑えつつ必死で働くテレサに、いつしか自分の抱える孤独と同じものを感じて心を開いていく。

公式サイト ストーリーより抜粋

 

はじめはなぜ1997年なのかと不思議に思ったが、『イロイロ』はアンソニー・チェン監督の子供時代がモデルとなっている物語だ。またその年はアジア通貨危機発端の年でもあり、東南アジアの各国が経済的に大きな影響を受けている。そのような史実としてのバックボーンが少しでも挿入されていると、ただそれだけで郷愁の念が芽生えてくる。当時自分は何をおこない、どんなことを考えていたのか? もちろんこの作品を観るにあたって、そんな時代(経済)の予備知識など必要ない。ジャールー少年の目線で語られるのであれば「今」がどのような時代であるかなど全く関係ないからだ。ただ、その少年がひたすらたまごっちに夢中になっている姿などを見ると、観客は否が応にも時代の変遷を感じさせられることになる(『6才のボクが大人になるまで』のレビュー参照)。

 

 

 

 

内観法とは? 

 

過去を反芻し、自己を見つめる方法として内観法というものがある。その方法とは、親や兄弟といった身近な人間に対して、「世話になったこと」「して返したこと」「迷惑をかけたこと」という3つの視点を軸に、より具体的な行動を洗い出していく作業である。どんな些細なことでもいい。記録内観においてはひたすら内省し言葉にしていくことが重要だ。その意味で『イロイロ』は少年ジャールー(つまりは監督自身)による内観法の世界だとも言える。つまりは、少年はいつも「迷惑をかけ」「世話になって」いる。このような一連の家族間における行為が、メイドのテレサ視点によって紡がれていく。

 

 

内観的な手法というものは常に独我論的な態度を示すことでもある。だからこそ、気持ちだけではなく、より具体的な行動として自らを想起していくことが大切だ。一般的な報告書と同様に、例えば「元気な態度で接した」という主観的な記述よりも「毎朝7時におはようと挨拶した」というような事実描写が好まれる。では映画ではどうだろうか? 物語描写の世界では、このような区分けはとても重要で、前者は叙情的で入り込みやすいがやり過ぎると説明的でつまらなくなる。その反面後者はディテール描写によって観客の感情を引き立てようとするが、事実的なシーンが続くとそれはそれで退屈だ。『イロイロ』という作品が面白いのは、まさにそのような2つの描写「叙情的<->事実的」の境界が常に意識され作られているような構造にある。

 

 

 

どのように他者の視点が導かれるか?

 

この作品が特徴的なのは、少年や家族・テレサによる心の繋がりというテーマがある一方で、テレサのある個人的な他者としての描写が常に対峙されているという点にある。テレサによるそのような視点が、時として隠されたままの状態であること。むしろそれはこの映画の美学的な土台を支えていることは誰にとっても明らかだろう。あの時彼女は何を思い、過去にどんなことがあったのか? 常に気遣いができるやさしい彼女ではあるが、決して触れることのできないある他者性を帯びていることもまた確かなのだ。たんなる《ぬくもり》という安易な予定調和からは逸脱し、彼女は極めて情景的な存在となる。まるで観客を突き放すかのようなテレサの他者性が、内観(反省)による矛盾を突き動かしていく

 

 

主人公や他者の内面が徐々に顕在化されていくというのも気持ちとしては悪くない。ただもちろんそれだけがこの物語の本質ではない。「理解できないこと」の存在が、いかに表現されうるかに着目することも大切だ。主観は反省されるべきものだという態度において、物語は常に美学的な観点を帯びるようになる。テレサという記憶の他者に出会えた時に、きっと自分を感じとることができる。「あなたを救ってくれる出会い」とは、つまりはそういうことだ。 END

 

 

物語において「電話」はどのような時に活用されるか?

テレサ

 

闇の列車、光の旅』(2009年)
伝えるということだけが「電話」描写の本質ではない。

闇の列車、光の旅

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