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『聖杯たちの騎士』/存在と時間と物語

2016年12月25日

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テレンス・マリックの作品は、『ツリー・オブ・ライフ』以降、物語の形態が不在だ。それゆえに作家性というコンテクストが強烈に浮き彫りなった「物語」となっている。人物を背後から眺めるショット。風景をゆっくりと流れるように映し出し、かつテンポよくシーンが割り振られていくルベツキによる詩的な撮影手法も健在だ。作品を感覚的に堪能するためには、なるべく大きなスクリーンが目前にあることをオススメする。

 

 

 

 

17世紀にジョン・バンヤンによって書かれた作品『天路歴程(The Pilgrim’s Progress)』にインスパイヤされたこの作品。映画の冒頭も本のタイトルの朗読から始まる。心の旅を描くような作品においてヴォイス・オーバーは重要だ。しかし、人が続きを観たいという動機であるはずの「なぜ」や人物の「苦悩」という描写が、前作の『トゥ・ザ・ワンダー』以上に徹底的に抽象化されているから、言葉が持つ美しさも映像という風景に埋没されてしまった感は否めない。

 

「物語」の意味は、何によってもたらされるのだろう? 主人公の身の回りで起きる出来事は全てゴールのための予行なのだろうか。登場人物たちの内面は、外面としての行動から不可逆的に構成されていくものだろうか。おおよそそれらハリウッド映画の文法を網羅した上で、全てに反した「物語」の表現手法があるという意味で、『聖杯たちの騎士』はとてもプラグマティックな作品ではある。

 

マリックは大学で哲学を専攻し、ハイデガーの翻訳本を上梓したことがあるくらいだから、ありふれた「物語」の形式によって描かれてしまうような人生の「時間」を極力排除したかったのだろう。無論、現実世界と同様、自分が関与しない他者の人生ほどテーマは無きに等しいのだ。

 

物語は脚本家である主人公リックに関わりのある人物像を象徴とするようなタロットカードの名にちなんで8つのチャプターによって分類され(8つ目の「Freedom」はタロットカードでないが)、リックの不確かな実存そのものから「物語」が紡ぎ出されている。『ツリー・オブ・ライフ』では、弟を自殺で失ったマリックの志向性が全面に押し出されていたが、今回の作品においても、詩的な言葉だけでは中々伝わってこないのだが、亡くなった弟を暗示させるようなシーンがいくつもある。リックの不安は常に解消されることはない。それほどまでに作家性が全面に押し出された作品というわけだ。

 

一つの作品だけで簡潔した映画の娯楽性という範疇においては退屈極まりない作品なのかも知れないが、例えば、キュビズムという歴史においてピカソが与えた世界に対する認知としての遍歴を美術館で堪能するのと同様、マリックの映画に対する志向ほど、強烈で娯楽性に富んだものはないだろう。

 

 

『ツリー・オブ・ライフ(The Tree of Life)』2011年

 

 

 『トゥ・ザ・ワンダー(To the Wonder)』2012年

 

 

 

 

 

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