『メッセージ』/言語の恣意性の物語

2017年5月23日

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

 

 

映画『メッセージ』を観た。天変地異としての風景が目の前に広がっているはずだというのに、いつの間にかどんな人の人生にも当てはまってしまうようなストーリー。原作は『あなたの人生の物語』(『Story of Your Life』)。このタイトルの名目通りに、現世の中でさまよう主人公が、いかに主体性を取り戻すのかといったテーマが、とても変わった感覚で突きつけられる。

 

 

 

 

言語学者のルイーズはどのようにして地球外生命体とコンタクトを取るのか? その過程は言語学を背景として語られる。言語学には「恣意性」という概念がある。例えば目の前に尻尾を振っている四本足の動物がいる。人はその動物を「犬」もしくは「dog」と名指しする。このようにあるモノに対して様々な呼び名(発音)が存在するが、モノと呼び名の関係には、なんら必然性は存在しない。これが言語の恣意性だ。

 

仮に対象がモノではなく、もっと抽象的な幸福や平和といった概念ならばどうだろう。たとえ日本人同士であったとしても、コミュニケーション自体が実はとてもあいまいな言葉の分節によっておこなわれているのだ。劇中で引用される「サピア=ウォーフの仮説」は、現実に対する認識そのものがその人の持つ言葉によって影響を受けている、という言語相対論の元祖であるとも言われている。すなわち、ルイーズは地球外生命体の「言葉」を習得することによって、現実そのもののあらたな姿を獲得することとなる。

 

宇宙人の言葉とは何か? それが時間認識としての言葉だ。時間の流れに対する認識の変化は、ルイーズの世界への「投企」姿勢をも変える。観客である私達が混乱させられるのは、因果関係としてのプロットが意図的に崩されているからだが、ルイーズの見ているフラッシュバックとしての心象風景は、外部で起きている騒がしさからではなく、内面的な世界の変動によってもたらされているのだ。

 

ルイーズと物理学者のイアンがふたりで見ている、不穏だがなぜか美しく感じられる風景がとても印象的だ。宙に浮かぶ巨大な宇宙船は、まるでルネ・マグリットの絵のようだ。シュルレアリスム(超現実主義)の可能性は、客観世界に対して「新たな現実を見つめ直す」こと。それは、言葉の概念を獲得し変動した内面性が、再び現実とリンクし、世界を再構成していく感覚と同じだ。言語学の本を読んでいると時折訪れるあの奇妙な感覚が、この『メッセージ』からも読み取れる。

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