スマートコントラクトのための『社会契約論』

2018年3月10日

社会契約論/ジュネーヴ草稿 (光文社古典新訳文庫)

 

 

モノを購入するにも、コトを成すにも人はいつでも契約をおこなう。そもそも「契約」とは一体何だろう? 孤高なスーパーヒーローが、あまりにも堕落しきった世界の中で、法をも超えて自身の信念を貫く物語を想像しても良いだろう。それは、個人の自由意志と「いわゆる民主主義」によって決められた規則との間に生じる制約の問題でもある(※1)。契約を考えるということは、思想史において自由意志の問題にも重ねられる。またその逆に、理想を追求する上での自由の概念は、個と個の間、またはあらゆる組織の中において「契約の形」として捉えることができる。

 

ルソーの『社会契約論』で掲げられる「一般意志」は、上記で述べたような制約の問題に対して考えられた。もちろんそれは個々の人々の欲望(特殊意志)でなく、万人が要請されるような意志を指す。そして多くの議論を呼んだのが、「一般意志」はたんに人々の意見の寄せ集め(全体意志)でもないという点にある。ルソーはその意志を作り上げる具体的な方法を述べなかったが、むしろ、多数派と少数派を分け隔てることなく理想的な社会を構成することの矛盾さを、思考の発端として提示したかったのだろう。

 

ホッブズは国王に支えるという形での「契約」を考えた。それに対してルソーは、人民一人ひとりが主権者であり、それを統治する存在はそもそも新しく形成されるものではないと考えた。これがみんなの意志としての、民主主義の基礎となる考え方につながった(※2)。

 

國分功一郎の『来るべき民主主義』には、議会制民主主義における根本的な矛盾の問題が描かれている。その書籍には、小平市の1.4キロに渡る道路建設に対する住民の反対運動と、東京都初となる住民の直接請求による投票の過程についてまとめられている。署名により住民投票条例案は可決されたが、市長からの修正案により、住民投票は投票率50%以上でなければ不成立という制約が加えられた(ちなみに市長選は37%であった)。結局、投票率は35.17%で、結果の内容さえも開示されずにこの騒動に幕が降ろされた(参照ページ:日本経済新聞「小平の住民投票が残したもの」)。本当に行政に対して民意は反映されているのだろうか? これが「いわゆる民主主義」の矛盾というわけだ。

 

来るべき民主主義 小平市都道328号線と近代政治哲学の諸問題 (幻冬舎新書)

 

この書籍の中で印象的だったのは、ジル・ドゥルーズの「制度」に対する考え方だ。それは自由な社会のモデルとしてどんな認識が必要なのかという提示でもある。たとえば人の行動は法によって制限され社会としての秩序が守られるという認識がある(ホッブズ的)。一方ドゥルーズは社会は制度によって構成されると考えた。制約を作ることではなく、制度を作るという認識から自由な社会への構築がはじまる。「たとえば結婚は一つの制度だが、それは生き方のモデルとなる」(同書引用p.144)。モデルが増えれば、多くの生き方としての手段も生まれるだろう。市民による行政決定プロセスのために、様々な制度を作っていけば良いのではないかという提案だ。このような考え方は、スマートコントラクトによる社会構築にも当てはまるのではないだろうか。

 

スマートコントラクトを手短にまとめておこう。この言葉は1996年に情報学者のニック・スザボ(Nick Szabo)によって考案された。いわゆる「賢い契約」とは、ルールに基づいた自動化システムのことを指す。よく例として挙げられる自動販売機はまさに「提示された金額以上のお金を投入すると商品が購入できる機械」という、いわば人々によって共有化された意識によってはじめて成り立つシステムと言っても良いだろう。一定のルールが定められ、かつ明文化されているということがポイントだ。

 

たとえば仮想通貨の一つであるイーサリアム(ちなみに通貨単位の一つに「スザボ」が命名されている)は、スマートコントラクトを構築するために作られたプラットフォームである。そのプラットフォーム上、つまりイーサリアムのブロックチェーン上において、一つのプロジェクトであるコントラクトをSolidityと呼ばれるプログラミング言語によって構築できる。その中のeventと呼ばれる仕組みには、すべての取引ログを残せる機能がある。契約において、明示すべき過程はすべてブロックチェーンに書き込み、誰もが後から閲覧可能となるよう設計された。イーサリアムがワールドコンピューターと言われる所以だ。ICOのトークン交換コントラクトにおいて、プログラミングの仕様を統一するためのERC20という規格にも、コード作成者が記述すべきevent処理による内容がしっかりと記述されている。つまり、どんな「契約」にも見える化としてのシステムが要請されているのが、仮想通貨によるスマートコントラクトの特徴なのである。

 

このようにルールが明文化され、人々がいつでも情報を選び取ることができるのが重要だ。それは、東浩紀が『一般意志2.0』で見出す「2.0」としてのデータベースの可視化の話にもつながるだろう。統治するための主体が必要のないシステム(DAppas)は、そのような透明性を保つデータベースが必要となる。もちろん、それらがどのように保持され継続されていくのかは今後の課題だが(現時点でDAppasはまだ法定通貨との交換可能性によってしか成立しえないだろう)、あらたな制度の生成、つまり様々な生き方としての価値を、具体的な「契約の形」として作り出すことのできるスマートコントラクトの認識が広がれば、社会はまた大きく変わるはずだ。

 

一般意志2.0 ルソー、フロイト、グーグル (講談社文庫)

 

たとえば中間搾取の存在しないDAppasによる契約システムなどは、労働者と雇用者を結び付ける新しい組織の在り方として注目されはじめている。新たな価値を作り出せるプラットフォームが、文字通り様々な生き方を提示するのである。ゲームの世界で活躍する普段は内気な青年が、戦いの中で賞品であるトークンを獲得する。青年は電車で見かけた、年配に席を譲る優しい少年にそのトークンをそっと送信することができるなら、他にはどんな社会システムが拡がっていることだろう(※3)。

 

 

 


※1 映画『バーフバリ 王の凱旋』には国王の座を巡る兄弟、母子の関係が描かれている。法による直接的な手段に頼らず、民衆を統治するということの意味を、とてもわかり易く説明してくれる神話をベースにした物語だ。しかし、観たことのない映像シークエンスの連続に、小難しいことはどうでも良くなるほどの幸福感を与えてくれるだろう。

 

※2 同じく国王を巡る映画『ブラックパンサー』を観てみよう。国に仕えるという姿勢は、たんに統治者に仕える姿勢と違うということを、はっきりと教えてくれる女戦士エムバクに萌えるだろう。

 

※3 映画『ペイ・フォワード 可能の王国』のような世界を想起しても良いだろう。この物語のような他者に対する行為が、交換価値となり伝播しうる世界は必ずやってくるはずだ。もしくは『TIME/タイム』のような地獄の世界か。

 

 

参照文献


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