『15時17分、パリ行き』の中の『未知との遭遇』

2018年3月21日

 

 

運命であることと、そうではないことの境界を、出来事を通じて写し撮る。ツアー旅行の最中に、ヒトラーを追い詰めたのはアメリカ人ではなかったと知らされた時の主人公達の笑顔はとても印象的で、映画館を出た後に、この作品は単純に英雄のための物語ではなかったと感じた時の自分の気持ち。

 

 

この作品において誤解されるであろう点は、あらゆる日常においての些細なシーンを、目的のための意味付け、つまり「たんに」運命のためのシーンとして捉えてしまうことだ。

 

彼らの少年時代からすべてがはじまる。少年は学校で親友と出会う。あることがきっかけとなり一度は離れ離れになるが、交流し続け大人になった彼らの姿がある。軍に入隊した青年が、紆余曲折を経て、怪我人を処置するための訓練の様子が映し出される。休暇中にヨーロッパへと旅立つと、そこにはパリへと向かう運命としての特急列車が待ち構えていた。

 

物語自体は生い立ちとしての劇的なストーリーを持ち合わせてはいないが、プロットとしての断片そのものは、まるで連鎖しているかのように描かれている。俯瞰してみれば確かにこの作品からは、一つの出来事へと収束していくような印象を受ける。半年ほど前に観たクリストファー・ノーランの『ダンケルク』も同じようなストーリー構成を持つ実験的な作品で、陸・海・空の3つの舞台で活躍する人々の姿が、一つの出来事へと収束し集まっていく様子が描かれている。ノーランは純粋な映画体験を味わうために、起伏や展開をできるだけ削ぎ落としたという(『「最前線の映画」を読む』町山智浩 著を参照)。

 

 

アルバム(時代はインスタなのかも知れないが…)に撮り溜めた写真を仕分けしていくうちに、現在の自分の心象がその順序を形成させてしまう。それと同じようにシーンの意味は、常にあるクライマックスの目的へと導かれていく。その観点で言えば、この『15時17分〜』は、たとえ本物の役者を起用しているとはいえ、普通の物語以上に「物語」的な作品だ。

 

ただ、私がこの作品をたんに「運命のため」の物語ではないと感じたのは、イーストウッド特有の、主人公が一人たたずみ、祈るシーンが存在したからだ。『ミリオンダラー・ベイビー』での教会、『アメリカン・スナイパー』のバーでのシーンといった具合に、彼らは何かに必死にすがりついているというよりも、泰然自若とした現実に対して、ただただ身を任せ沈黙しているかのようにもみえる。運命では捉えられない現実に対して、自己を定めようとする彼らの姿。祈りの中にあるのは、過去に対するたんなる解釈ではないのだと私は感じた。

 

この感覚をどのように表現してみたら良いのだろう?

 

たとえば偶然と運命を題材にした『未知との遭遇 』の中で佐々木敦は、秋葉原通り魔事件を題材として、あらゆる出来事において、それが生じた原因についての考察をしている。彼は結局、生じた出来事/行為の要因そのものが個別としての問題なのか、それともその出来事を包括する社会に原因があるのかは、わからないと述べている。物事には根本的に偶然性が備わっているからだ。だからこそ解釈が存在し、人はその解釈を、時に運命として重ね合わせてしまうのだ(二日目「タイムマシンにお願い」を参照)。

 

またもう少し抽象化して別の視点で必然性(運命)を捉えてみる。『偶然性と運命』で木田元は、哲学者の九鬼周造による運命について考察を次のようにまとめている。たとえば、三角形は3つの直線で囲まれているが、これは必然であり、偶然ではない。なぜならその説明は定義としての関係を内包し、三角形そのものの本質を捉えているから。逆に言えば、偶然とはものの本質とは違った属性で構成される。たとえば「緑色をした三角形」という存在は、偶然の産物である。むろん、これは論理学的な視点であり、人間の経験とはまた別の話だ(「偶然性の概念」を参照)。

 

しかし、自分の身に何か大きな出来事が生じたような時に、人はそこに偶然性を見出すか見出さないかによって、人生に対する捉え方に大きく影響するのではないだろうか。日々の行いの目的に対して運命として重ね合わせる心情は、偶然性に対する不安のかき消しではないのか。その逆にあまりの名状しがたい運命に対しては、人はそれを偶然という産物で対処しようとする。人には両面性があるというのがこの映画の特徴であり、リアリティとしての追求でもある。

 

いわゆる、偶然に起きたすべてのためのクライマックス。そこで繰り広げられる正義は、もちろん正義という「行為の追求」によって行われたわけではない。そういう点においても、この作品にはやはり、運命と運命でないもの、正義自体と正義であろうとする態度の境界において翻弄される、人間存在の形が映し出されているのだろう。

 

 

 

39分30秒あたりから

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